あたしの中にはどす黒く汚い感情がありふれているだろう。それを表に出さないだけで今を保ち続けているだけ。きっと彼はそんなこととっくに知っていると思う。だけど何故あたしの隣にいてくれるのかわからない。彼の気持ちなんてあたしにはいつまでたってもわかりはしない。あたしのことをどう思っているのかさえ、わからないから。 「…宮崎いってきたんだね」 「あぁ。それがどうかしたか?」 「ううん、別に。ねぇ、あたしどうすればいい?」 柴田は誰もいないアイスリンクでただ座っていた。練習時間からかなりたっているはずなのに、柴田はまだいたのだ。仁やコーチたちはとっくの昔に帰っていてここには柴田とあたししかいなかった。柴田は髪が乱れ、眼鏡は外していて、ふぅと溜め息をついた。彼は誰からみても魅力的で憧れる存在なのだ。あたしがいちゃいけない。他の人がいるべき場所。 「が思ってるようにすればいいんじゃないの?」 「…柴田が好きっていったら受け止めてくれるの?」 「それはわからないね。俺はきまぐれだから」 「いつもそうよね、貴方は必ず裏切るよね」 「…じゃあの思い通りにしてあげようか?それなら俺と仁、どっちか選べるだろう?」 ふっと余裕に笑顔をつくって見せる。なにもかもわかっている彼がむかついて、でもそんな彼に落とされてしまった自分にもむかついてしょうがないんだ。ぎゅっと拳をつくって、俯くあたしに柴田はさらっと髪の毛を触った。そして彼は口を開いた。 「なぁ、は何で迷ってるんだ?俺も仁も、可哀想とか思ってるわけ?」 「…そ、そうじゃないっ。ただ、」 「ただ?なんだよ、はっきりいえよ」 「あたしは…、柴田が好きなだけ。でも、それは絶対に叶わないものだから、だからっ」 柴田はきっと、心の中で笑っているだろう。あたしのことなんて好きじゃない、とか思っているんだろう。柴田は別に悪い人じゃないけど、でも、そう思ってしまうんだ。あたしは、柴田とつりあわない場所にいて、でも、あきらめられなくて。あたしはいったいどうしたいんだろう。はっきりしなくちゃ。じゃないと、柴田にも仁にも、どっちにも嫌われる。もっと嫌われる。 「が好きだっていったら、どうする?」 「…どうも、しないよ。だって、そんな話しても付き合えない。あたしには夢もっちゃいけないもの」 あたしの長い髪を弄ぶ柴田は、髪の次にあたしの頬を触れた。ここにいる限り冷たい手なわけで、頬にはひやりと感じた。その急な冷たさに反応してしまって、目を瞑る。柴田が何をしたいのかよくわからなかった。ちょうど、手を払いのけようと思ったときに。 「し、ばた…離してっ」 「…黙って」 唇にまたひやりとした冷たさとやわらかい感触がした。その時、初めてキスされたとわかった。何で、どうしてよ。どうして、キスなんかするの?貴方はきっと、冗談でやったのかもしれない。でも、あたしは本気だって思っちゃうよ。期待させるようなことしないで。まだ、希望の光があるようで嫌だ。本気で嬉しがるなんて馬鹿みたいなのに、本気で嬉しがってる自分がいる。うそだといって、お願いだから。 「な、何でっ!?」 「何でって、のことが好きだから」 「…う、そ。うそでしょう!きっと、面白くおかしく思ってるんじゃないの!」 「嘘なんていって、何の得がある?」 「…嘘っていってよ!じゃないと、あたし…」 「壊れてしまうって?そんなこと、俺がさせるわけないだろ。信じろよ」 ほら、またでてきた。あたしの汚い感情。信じてしまえば、あなたを束縛してしまう。わかってる、わかってるんだよ。本当は。ずっと片思いならば、何もなく終わっただろう、こんな恋は。だから、本気にならないで。柴田が傷つくだけなんだよ。あたしがどうなってもいいけれど、他の人を傷つけてはいけない。そんなこともうわかっているんだ。 「きっと、ううん、絶対、柴田のこと傷つけるよ」 「何でそんなこという?」 「だって、あたし最悪な女だから。だから、」 「何自分で決めてるの。俺は最悪な女だからのこと好きになったわけじゃない。マイナス思考で考えるなよ」 「…だっ、て。柴田、何考えてるかわかんない」 「あー、わかった。もうお前がそんなにマイナス思考だと思わなかったよ」 「悪かったわね!」 「わかったから。かえる準備しろ、じゃないとここで死ぬ」 柴田は、そういってあたしの背中を押して、アイスリンク場から出た。外に出たからって、夜だから寒くて。そうやってつったってると、柴田があたしの手を引っ張って、ずんずん歩きはじめた。も、もしや怒ってるんじゃないのか、と思った。やっぱりマイナス思考がいけないのか。でも、柴田が怒ったことなんてみたことないし。どうしたらいいんだろう。 「…」 「な、何?」 「まだ、仁と迷ってる?」 「迷ってない。柴田がいい」 「…よろしい」 END... 05.11.26 |