あたしは本当に馬鹿なのだろうか。いつも友達になる人には、だんだん慣れてくると「馬鹿だよね」とかいってきたりする。あたしはその馬鹿という言葉は嫌い(たいていそうだろうけど)だから、いっつも嫌だ!と表情で表すとたいてい皆ごめんね?とかいって謝ってくる。でも、ただ1人だけは違った。・・・そう、それはあたしがマネージャーをしている野球部の先輩。いい先輩なんだけど、よくわからない。






               





「・・・ねぇ、あたしって馬鹿?」
「何いってんの!そうにきまってるでしょ!」


いつもよく相談するに聞くと、案の定肯定されてしまった。プラスにっこり笑顔。いつもいわれていたことだけどやっぱりショックだ。あたしがずーっと、ショック受けてるとはどうしたの、そんな滅多に自分から聞かないこと聞いて、といわれて。例の先輩のことを話してみた。今まであった悲惨なことを。


「あはは!ちょー笑えるんだけど!もそりゃあ悪いよ。からかいたくなるもん」
「そ、そんなに笑うことないじゃん。あたしは別に・・・頑張ってつくったドリンク運んでたら全部ぶちまけるし、こけて泥んこになったこともあったけどあれは、ちょっとしたミス!」
「・・・いや、それはミスじゃないよ!もーおかしいったらありゃしない」
「そのことで結構悩んでるんだから・・・!」


面白おかしく大爆笑の。人が一生懸命悩んでいるのに、ここまで爆笑するなんて思いもしなかった。いくらでもちゃんと考えてくれると思っていた、んだけど・・・。まったくそれは正反対でまるで先輩に見えるのは気のせいだろうか。野球部のマネージャーって皆が思ってるくらい以上に大変なんだよ。部員はたくさんいるし、その分ドリンクとかタオルとか。あとスコアとかとらなくちゃいけないんだから!でもあたし1人だけだから、1年生とかが手伝ってくれるんだけどね。


「何ー、また慎吾さんのことで悩んでるの?」
「あ、高瀬」
「またって酷いよ、高瀬くん」
「だってお前、いっつもドジすんじゃん。それ直せばそんな悩むことないって」
「・・・この子のドジが直せると思うわけ、高瀬」
「ああ、そうだった。じゃ無理だよな」


高瀬くんというのは、野球部の2年生エースで皆かっこいいとかよくいわれる。あたしもそう思う。あんな整った顔の人がクラスメートなんて信じられない。しかも野球は上手い。こんな人近くにいて喋るくらいだから凄い。でも、高瀬くんもはっきりいえば慎吾さん、といっていた島崎慎吾先輩の味方みたいなもんだ。そして、1年生の利央くんと一緒になって喋ってるのをよく見かけたりする。そう、この3人がたまにからかってくるのだ。特に島崎先輩が、だけれど。


「高瀬くんまで酷い!」
「・・・酷いなんて何回言われてるからなれてるよ」
「だって、島崎先輩と一緒になって・・・!」


「何、俺がなんだって?」


その時、ちょうど聞き覚えのある透き通った声が聞こえた。
顔をあげると、そこには高瀬くんと同じくらいの背丈の、ニヤリとした表情の人物がたっていた。それは、まぎれもなく幻でもなく島崎先輩だった。あたしは、たぶん青ざめた顔で先輩のことを見ていただろう。


「し、しししし島崎先輩っっ」
「俺の名字は、しが連続でつかないんだけど。
「慎吾さん、何しにきたんですか」
「あー、準太に借りてた辞書返しにきた、サンキュ」
「そんなの、部活のときでもよかったのに」
「なんか急に、ドジでバカなマネージャーのこと思い出してさ」


隣にいるはくすくす笑って、あたしが酷い目にあうことが全然わかっていない。島崎先輩は、自分の中ではもう大魔王?悪魔?みたいな最強の人物になっていた。いっそのことここから逃げたい。いや、もう早退したい勢いだ。部活だけならまだ耐えれる。練習ばかりだから接することなんてほんの一握りだけだから。でも部活以外は別だ。しかも今は、高瀬くん+もいるんだ!



「あ、あ、あのっ!」
「何、
「も、もう授業始まるんで先輩は早く教室にいった、ほうがいいんじゃないですかっ!?」
「あのさぁ、。授業はまだまだ先。あと30分もあるけど」
「・・・(しまった!墓穴を掘ってしまった)!で、でも和先輩とか・・・」
「あーアイツ部長で呼び出されてるから」
「暇だからきたわけっスね」
「そうそう。ついでにここは玩具もいるし」


あたしは玩具じゃない!なのに、この2人はへらへら笑っている。まだ利央くんがいないだけ、マシとか思えばいいのだろうか。でも嫌なんだ。2人とも、選手としては魅力的で、時たま見せる笑顔とか頑張ってるところとか本当に見ているあたしだけど、好きなんだ。頑張ってる人が好き。でも日常だとこんなふう。嫌なときもあるけど拒めないのが事実だ。


「いい加減にしてください。あたし、島崎先輩のこと嫌いじゃないけどこんなことされるの嫌です!」
「ちょっ・・・ッ!」


島崎先輩が自分の名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、そんなの関係ない。無我夢中で走り出していた。


「あーあ、怒らせちゃった」
「先輩、怒ったらどんだけ謝ってもずっとシカトされますよ?」
「・・・あーめんどくさいな。アイツ・・・」
「でも、慎吾さんのこと好きなんでしょう?」
「うっせぇ」











もう、あそこにいるのは限界だ。わかっていた、自分が耐えていられないのを。あたしが悪いんだ。こんなこと流せば全て終わるのに。あたしは強くない。でも弱いなんて思いたくない。


「・・・おいっ、ちょっと待てっ!」
「せ、先輩・・・」


バシッとあたしの腕を強く掴んだ。後ろを振り返れば、そこには島崎先輩がいた。やっぱりあたしは見上げないと先輩の顔は見えなくて。何で追いかけてきたの。


「手、離してください。痛いから」
「・・・あ、わりぃ」
「別に先輩のせいじゃないんですから、ほっといてください」
「何、いってんだよ。お前。あきらかに俺のせいだろ!」
「違います。もうチャイムなりますから、早く教室いってください」
「・・・授業とか関係ねぇよ。怒ってるだろ」
「だから、先輩は何にも気にしなくていいっ・・・――――!?」


あたしの背中には長い先輩の手がまわり、気がつけば先輩の胸の中にいた。ぐいぐいと胸を押してもあたしはそのままだった。今は廊下にいて、近くの教室は特別教室だったので生徒は誰もいない。それはよかった。島崎先輩は野球部でレギュラーだし、顔立ちがいいので結構人気だ。こんな所を見られたらどうなったものかわからない。


「・・・先輩っ、離してください・・・むぐっ・・・」
「黙れよ」
「・・・んっ・・・」


濡れた口唇があたしの口唇に触れる。一瞬のことで、頭がパニックになった。何で先輩があたしになんかキスしてるのなんて思った。意味がわからなかった。


「・・・な、何やって、るんですか・・・」
「何ってキスだろ。それくらいわかれ」
「そんなの知ってます!バカにしないでください」
「じゃあ、聞くな」
「・・・そういうことじゃなくて、何であたしなんか・・・!」
「あのね。チャン。キスする意味くらいわかるよね?」
「・・・そりゃあ知ってますよ。芸能人くらいじゃないですか、簡単にキスするの。あ、あと軽い人とか。あ、先輩は軽い人なんだ」
「何それ。俺そんな風に見られてたの?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「じゃあ分かる?」
「・・・だから、好きってこと、ですか?」


ぶっといってから笑う先輩。何がなんだかわからなくて、あたしまで笑ってしまった。



「そういうところも可愛いよ、お前は」






たぶん、その言葉だけでも先輩に惚れる人はたくさんいただろう。



その中には、あたしもいる。






      魔法のような世界にはいりこんでしまった





06.1.1