俺は、卑怯だ。何でかって?それは、いい後輩が相談してきたいい事にふたりきりで喋っていた。後輩…という人物は、部活の後輩である、高瀬準太が好き。でも、自分に自信がないからって、告白しない。準太は、のことを好きだ。前、チラッと聞いたことがある。けれど、にそんないいことをいってやらない。いってやるもんか。何で、俺はこんな不毛な恋なんかしているんだろうか。それは、簡単だ。が好きなだけ。ただそれだけの理由。でも、そんなことを知らないは、無防備で俺に話し掛けてくる。だから、何度も、ここで襲えば俺のモノになるんだろうか、と考えた。けれど、そんなことをすれば、嫌われるに決まっている。これからの部活でビクビク怯えたような瞳で俺を見てくるだろう。でも、それも何か煽るものがあるから、いいんじゃないか、と考えた。本当、俺ってSだな、と思う。苛めて苛めて、それで俺のモノにしたくなる。でも、それはの気持ちを考えてないわけで。手を出せるはずがなかった。



「島崎先輩ッ!今日部活ありますよねっ?」
「…あぁ、あるけど。それがどーした?」
「きょ、今日、云おうかと思って…」


こ、告白を、と言葉を紡ぎながら、真っ赤な顔で云う。俺は、ニヤッ、と笑った。これは、嘘を云って苛めてやろうと。俺は、最悪な人間だ。そう思われてもいい。目の前にいる白い肌で、栗色の長い髪、何も知らないような純粋な瞳。本当に、どこにもいなさそうな女。何でこんな鈍感な奴を好きになっちまったんだろう。ずっと前から、準太はお前にアプローチをかけてるっていうのに、何にも気づかない。本当、傑作ともいえる。このまま告白しなきゃ、俺のモノになるのになァ、と考える。でも、は、告白しようとしてる。準太は嫌いではない。それに、とっても大切な部活の後輩だ。だから、俺がを奪って嫌な関係にしたくない。準太、俺がいい奴でよかったな。じゃなきゃ、お前の好きな奴の純潔はうばれてたぞ。



「今日、ミーティングじゃなかったか?」
「…え、そんな…!マネは他のことやらなきゃいけないじゃないですか」
「じゃ、あきらめな。いつでも逢うときはあるんだし」


ポンポン、と頭を撫でる。いっつも、子ども扱いしないでください!と真っ赤な顔で云ってきた。どうやら、頭を撫でるのは子ども扱いらしくて、嫌らしい。まァ、そんなことかまってられないけど。お前はどうせ、俺の気持ちなんて応えてくれないんだから、それくらいいいじゃねぇか。…本当、俺って後輩想いだよな。普通だったら、奪ってやる。後輩、じゃなかったら、どんなによかったことか。



「先輩。大丈夫ですよね?」
「…何が?」
「付き合えますよね、準太と」
「それはしらねェな。俺は準太の気持ちわかんねぇし」
「そ、そんな」
「あたって砕けろってな」


先輩、酷いッ!って云う。そうやって準太のこと考えて、密かにほんのり朱に染まる頬が憎たらしい。俺のこと考えて、頬を赤く染めろよ。どうしてだろうな。本当、どうして、こんな奴好きになっちまったんだ。手を伸ばせば、手に入る。でも、その手が伸ばせない。傷つけたら?傷つけてしまえば、簡単だ。これからも、そうやって傷つけて傷つけて、それで自分のものにすればいい。


「…あ。今日、図書委員の仕事があったんだ。先輩、河合先輩にいっといてもらえます?」
「あァ。いいぜ」
「じゃあ、先輩ミーティング頑張ってくださいね」


そういって、パタパタと廊下を走っていく。あいつは、図書委員の仕事か。ミーティング、すぐに終わりそうだったらからかいにいってやろう。そうしよう。そうしたら、和己が来て、「…?」「ああ、アイツ図書委員だから部活休むってよ」と伝えておいた。ま、準太にいつか告白してしまったら、もう俺とふたりきりになるはずがない。だから、今だけ、その時間を満喫してやる。準太が嫉妬するくらい、な。








ガラリ、と重い扉を開ける。目の前には整頓された本棚がたくさんある。横を見れば、図書委員が座るカウンターを見ると、見慣れてる少女が、スヤスヤと眠っていた。図書室には誰もいないようだ。いたら、絶対襲われてるぞ、アイツ。カウンターにきてみれば、本を読んでいたようで、風によってぱらぱらとページが捲れる。見てみれば、夏目漱石の「こころ」だった。この頭悪そうな奴がこんなもんを読むのか。意外だな。


「…ん…」


栗色の髪の毛を触る。いつか、コイツは、準太のものになってしまう。そうやって考えてしまうと、俺は絶えられなくなった。



熱い、衝動に掛けられた。




熱い、



熱い、



熱い、









サラリ、と栗色の髪の毛が俺の顔をくすぐる。キス、をした。頬じゃなくて、ピンク色の唇に。柔らかい感触がした。



「やべっ…」


躯が熱い。なんで、こんな奴に。何でこんな奴を好きになっちまったんだ。手に入るはずもない、奴を。頭の中で警鐘が鳴る。もう、近づいちゃいけない。近づけば、襲ってしまう。どうして、キスなんてしてしまったんだろう。これで、諦めがつくわけでもないのに。俺は、そこでガックリ、と蹲った。



「…なに、やってんだよ…俺。純情少年、かよ…」


ハハハ、と笑う。キスがしたかったから、キスした、なんてどういう言い訳だ。まさに、ガキだな、俺は。笑ってると、その声に反応して、が起きた。


「あ、あれ…?先輩、どうしたんですか」
「いや、本借りに来た。ついでにお前の顔見に」
「冗談はよしてくださいよっ。で、何を借りるんです?」
「ソレ。夏目漱石のこころ」
「これは、あたしが読んでます!」
「寝てたじゃねぇか。ホレ、貸せ」
「う〜〜。先輩だから、貸してあげますよ!」


むーっと云って、バーコードを読み取り、俺に本を渡す。本借りに来たなんて、本当は言い訳。このこころだって、何回も読んだ。だから、借りなくたって、いい。



「島崎先輩、もう帰ります?」
「あぁ。用が済んだしな」
「…そうですか。さようなら〜」
「ああ、じゃあな」


ひらひらと手を振ってる。俺は、してやらない。さよならだ、俺の恋心。野球は違うけど、恋だったら負ける勝負なんかやってやらない。その後、しっかりと後輩の恋のキューピット役やってる俺は、本当偉い。誰か、褒めてくれないかな…。不毛の恋は、そうやって終わった。俺の、純情な気持ちはすぐに消え去った。






純情という名の花を紅く咲かしたのに、枯れてしまったのだ